不安と期待で、昨夜は、あまり眠れなかった。
今日、彼から、話があると、言われたからだ。
朝、1限からの授業はなかったのだが、早く出かける。
待ち合わせは、10時にバス停。でも、家にいても、落ち着かない。だったら、外の空気が吸いたい。
今日は、とてもいいお天気であった。
9時に駅に着き、駅前のスタバコーヒーを飲みながら、出会い無料時間をつぶした。大学行きのバスは、9時半発。
外をぼんやり見ながら、今までの数カ月のことを、思い出していた。
スキーツァーで、彼と知り合い、色々なことがあった。彼を好きだと自覚し始めたのいつだったんだろう…
そんなことをぼんやり考えていたら、急に不安になる。
今日の話…私は、勝手にいい話だと思っていたが、反対のこともある。
そう、「もう、会うのはやめよう。友情が大切だから…」なんて、言われたら…
一気に、残りのコーヒーを飲みほし、バス停に向う。
大学行きのバスが、ちょうど、バスターミナルに入ってくる所だった。
何人かの同じ大学の学生がいたが、顔見知りではなかった。
少しほっとして、バスに乗り込もうとしたその瞬間、「おはよ」と、肩をたたかれた。
いつもの仲間が3人、顔をそろえている。今日は、3限からの授業だから、いくらなんでも早すぎる。
「ピアノの練習室に行こうと思って!」と言いながらも、ニヤニヤしている。
もちろん、今日の事情は、3人とも知っている。ピアノの練習ではない…明らかに!
バスは、定刻通りに走り出した。その時点で、ほぼ満員状態。
女子大生の「寿司詰め」と、言ったところか。
友人たちは、特に、何も言わず、今日の授業のことを話していた。
大学は、バスの終点から、徒歩で20分ほど歩いたところにある。そのバス停で、彼と待ち合わせをしているのだ。
1つ1つバス停を通過する。
そのバスは、うちの大学生専用のようなもので、途中で乗り降りすることは、ほとんどない。
また、1つ、バス停を通過した。あと、3つ…
不安と期待…何より、彼に会うことにドキドキしている私。
こんな気持ちになることが、自分でもびっくりだった。
終点に着くと、学生は、ぞろぞろとバスを降り始めた。
外を見ると、彼はまだ来ていないようだった。
それはそうだろう。こんなにも女子大生が、ぞろぞろ出てくるバス停の前に、彼が待っているわけがない。
私たちは、急がないので、ほとんど学生が降りてから、ゆっくりと降りる支度をした。
友人たちは、降りてからも、ニヤニヤと私のそばを離れない。
「今日はさぁ…」と言いかけると「わかってるって!」と、ワシ子(もちろん、あだ名である)が、言った。
大学に行くには、2通りの道がある。
通常、通学路として通る道と、その道をぐるりと遠回りするように山裾を歩く道である。
もちろん山裾の道を通る学生は、ほとんどいない。何故ならば、遠回りになるからだ。
帰りならいざ知らず、朝から、その道を好き好んで通る人は、何か特別な理由がある人だ。そう、私のように…
友人たちは、通常の通学路を、止まってしまいそうなほどのスピードで、歩き始めた。
彼女たちが、歩き始めて5分ほどして、大田君が、バイクで現れた。
「おはよう」と、硬い表情の彼。「おはよ」同じように、硬い表情になってしまう私。
大田君は、バイクを、バス停の近くの駐輪場に停めた。
私たちは、もちろん、誰も使わないもう1本の道を行く。
何も話さず、顔も見ず…並んで歩いた。
ところどころ、通学路が見える場所があり、友人たちの姿がちらっと見えた。
その2本の道も、いずれ、合流し、そこからは、大学までは1本道である。
ちらっと、彼の顔を見た。怒ったような顔。
私は、また、前を向き、黙々と歩いた。
「話って?」と聞こうか、何度も思った。
彼が、話したいことがあると昨夜の電話で言って、今の時間を迎えている。
バス停から何分黙って歩いただろう。2本の道が合流するまで、あとわずか…それは、彼も知っている。
もう一度、ちらっと顔を見た。まだ怒った顔をしている。
「合流地点まで、あとわずか!」そんな、スポーツキャスターのナレーションが聞こえてきそうな状況だ…
などと思いながら、黙々と歩いた。そうするしかなかった。
「とうとう、2本の道の合流地点が見えてまいりました…」
その先には、友人たちがいる。待っているに違いない。
私は、その時間がいたたまれず、いろいろ考えた。
すごく、惨めな気持ち?違う…
嬉しい気持ち?そう、朝から、彼に会えたのだから。
ドキドキした気持ち?そりゃそう。合流地点が見えている。いわば、今日のゴールである。
ひたすら、沈黙に耐えるために、いろんなことを考えていた私。そうするしかないのである。沈黙に耐えるには…
突然、その思考にストップがかかった。
「俺と…俺と…」彼の声が、少し上ずっている。意を決したような声だ。
「俺と付き合ってください」私は、「やったぁ」と言いそうになるのを抑え、「ハイ」と、小さく返事を返した。
合流地点まで、50メートルを切ったくらいの地点だったと思う。
私の返事を聞くと、大田君は、いつもの笑顔に戻り、「夜、電話する」と、
元来た道を、ものすごいスピードで、戻っていった。
合流地点に、友人たちが待っているのが見えた。
そこに行くまでのふわふわ…雲の上を歩いているような感じ…(もちろん、誰も歩けはしないだろうが)
きっと、友人たちの目には、ふらふら歩いているように見えたに違いない。
仕方ない。気持ちも身体も、ふわふわしているのだから。
友人たちのところまで行くと、「どうだった?」と聞かれた。私は、小さくうなずいた。
友人たちの「やったぁ!」という声。私は、その声を聞きながら、雲の上を歩いていた。
私に、初めての「彼氏」ができた瞬間である。
ふわふわしすぎて、学校に着くまでに実感できるかな…と考えていた。